大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(う)1991号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

理由

〈前略〉

所論は、第一点「事実誤認について」及び第二点「法令の解釈、適用の誤りについて」に分説しているが、これを要するに、原判決が、被告人は、昭和四一年二月一七日東京都大田区萩中三丁目二五番地萩中公園において東京都学生自治会連合主催の日韓条約批准書交換阻止全都学生緊急行動と称する集会が行なわれたのち、午前一〇時ころから、学生約六〇〇名が同公園から蒲田消防署羽田出張所前及び京浜急行電鉄大鳥居駅前の各交差点を経て羽田旭町一一番地荏原製作所羽田工場に至る間の道路において集団示威運動をするにあたり、東京都公安委員会が付した許可条件に違反して「ことさらなかけ足行進」並びに「停滞」をした際、吉羽忠外約一〇名の学生と共謀のうえ、右学生らの「ことさらなかけ足行進」並びに「停滞」を指揮し、許可条件に違反した集団示威運動を指導したものであるとの公訴事実について、許可条件にいわゆる「ことさらなかけ足行進」並びに「停滞」の意義についてそれぞれ一定の見解を示し、この見解に適合する「ことさらなかけ足行進」並びに「停滞」があつたとは認められないとして無罪の言渡をしたのに対し、「ことさらなかけ足行進」並びに「停滞」に関する原判決の見解は誤つており、事実にも誤認があると主張するものである。

よつて検討するに、東京都公安委員会が昭和二五年七月東京都条例四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下単に都条例と略称する。)に基づいて本件集団行動を許可するにあたり付した条件のなかに、交通秩序維持に関する事項の2として「だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みあるいは先行てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。)という一項目があつたことは、証拠上明らかであるから、問題の所在に従い、「ことさらなかけ足行進」と「停滞」とに分けてさらに検討することとする。

第一「ことさらなかけ足行進」について

所論は、かけ足とは通常の歩行ないしは速歩に対する観念であつて、両足が双方同時に地面から離れる状態を伴い飛躍ないしは浮動した状態で前進する態勢を意味し、正当な理由がないのにこれをわざとする以上は、その進行速度の遅速の如何にかかわりなく、「ことさらなかけ足行進」にあたると解すべきであると論ずるが、かけ足が両足が双方同時に地面から離れる状態を伴う前進態勢であることは、所論のとおりであるとしても、一般人の常識的観念としてはそれが通常の歩行ないしは速歩と走ることとの中間の速度を有する進行方法として理解されていることも、否定できないことであるから、単に字義だけの問題としても、それが進行速度の遅速の如何を問わないものであるとすることは問題がないわけではないが、いずれにしても本件における許可条件の解釈の問題としては、それが交通秩序維持に関する事項として付せられている条件であることにかんがみ、交通秩序維持のために、それを規制することを必要とするような態様のものに限られなければならないことは、もちろんである。

原判決は、この点について、「ことさらなかけ足行進」とは、わざとする急速な歩調の意であるが、一定の順路をかけ足で行進するだけの行為は、集団示威運動の主体、すなわちデモ隊が比較的短時間のうちに道路を通過し去ることになるため、これが交通障害を惹起する可能性は通常考えられないし、デモ隊が集団行動の主体として本来有すべき自己統制力を保持している限りは、その他の理由によつてこれを禁止する必要性も認められないから、デモ隊が既に集団行動の主体として本来有すべき自己統制力を保持し得ないような状態ないしは体勢にありながら、これに伴う危険をかえりみず、なおかつかけ足行進をはじめ、あるいはこれを継続する場合だけが、規制の対象になると解すべきであるとするが、デモ隊を構成する多数の者が通常の歩行等と大差のない速度をもつて進行する場合及びこれがそれ以上の或る程度に速い速度をもつて進行する場合でもその速度をもつて進行する区間が極めて短かい場合は別であるが、これが走ることよりは遅いが通常の歩行等よりはある程度に速い速度をもつて集団的にある程度に長い距離に亘つて道路を進行することは、かりに一応指揮者の指示に従つてなされる場合を想定しても、デモ隊自身の問題としても転倒する者が出ること等の危険発生の可能性をはらんでいるばかりでなく、歩車道の区別のない道路を進行する場合においては通行中の人及び車両の双方に対し、歩車道の区別のある道路の車道を進行する場合においては車両に対し、それぞれデモ隊の進行に対処するための特別な配慮を要求し、接触その他の対応困難な状況を招来する可能性を内蔵することは、容易に考えられることであり、その他交通秩序をより以上にみだす行動に発展する契機となることも考えられることであるから、交通秩序を維持するためにそのような進行方法をとらないことを条件とすることは、都内の道路の交通事情を前提とする限り、その必要及び合理的理由のあるものといわなければならない。都条例三条一項は「公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。」としたうえ、その但し書において「次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」としているのであるから、許可するにあたりこれに付せられる条件が集団行動の意義を空しくしてしまうようなものであつてはならないことは、もちろんであるが、本件で問題になつているのは集団示威運動であり、かけ足行進がこれの不可欠の要素ないしはこれをより効果的にするものであるというのであればともかく、政治、経済、労働等一定の問題について主張を同じくする多数の者がこれに接する者に影響を及ぼすことを目的として気勢、威力を示しながらその見解、意思を示して行動することにその本質があるものとすれば、一定の順路を短時間に通過してしまうかけ足行進の如きものは、これをしながら気勢を挙げることによつて人に奇異感を抱かせその注意を惹くことはあつても、一定の見解、意思を真剣に他人にうつたえるための手段、方法としては、むしろ、それをうつたえる機会を自ら抛棄するに等しいともいうことができるものであつて、これを禁止したからといつて集団示威運動の本質を失わせるものではないのであるから、交通秩序を維持するためにそのような行動に出ないことを条件とすることは、前記三条一項本文との関係においても、これを許されないというべき理由はないのである。

かけ足行進は、それが、両足が双方同時に地面から離れる状態を伴い飛躍ないしは浮動した状況で進行する態勢のうち、走ることよりは遅いが通常の歩行等よりはある程度速い速度をもつてある程度に長い距離を進行するものである以上は、本件許可条件にいわゆる「かけ足行進」にあたり、これを必要とする正当な事由がないのにわざとする以上は「ことさらなかけ足行進」にあたるというべきである。

そして、原審及び当審において取り調べた証拠によれば、本件の集団示威運動は、萩中公園の西北隅の入口から公園の西側道路に出て通称日の出通りまで南進し(その間約二〇〇メートル)、右日の出通りにおいて左折してこれを産業道路まで東進し(その間約二〇〇メートル)、産業道路においてさらに左折してこれを北進し、京浜急行電鉄穴守線大鳥居駅横の踏切を越えて右折して羽田国際空港に通ずる通称羽田街道に入り、これを東進して東京螺旋管工業株式会社付近まで行つたところで(この間約八〇〇メートル)、警視庁機動隊の規制を受けるに至つたのであるが、右進路のうち、通称日の出通りを東進している間及び産業道路を北進して大鳥居駅横の踏切の手前で停止するまでの間は、概ね、両足が双方同時に地面から離れる状態を伴い身体を浮動させながら前進する態勢をとつていたには違いないが、右はこきざみなかけ足行進とでも形容すべき前進態勢であつて、その進行速度は、私服の警察官等がやや大股にではあるが、通常の歩行をしながらデモ隊の数メートル前方を先行することを妨げない程度のものであつたと認められるが、萩中公園を出てから右公園西側の道路を南進して日の出通りに出るまでの間約二〇〇メートル及び産業道路上大鳥居駅横の踏切の手前で停止していた後さらに発進して右踏切を越え右折して羽田街道に入り東京螺旋管工業前附近に至るまでの間約一五〇メートルに亘つて、それぞれ通常の歩行等よりも相当に速い速度のかけ足行進をしたことは、原判決としてもこれを肯定するところであつて、その事実のあつたことを認めることができるのであり、これが警察側放送車の再三に亘る警告を無視してあえてなされたことも、証拠上明らかであるから、日の出通りを東進しはじめてから産業道路上踏切手前の停止地点に至るまでの間の行進は別として、萩中公園西側の道路を南進していた間の行進及び産業道路上踏切手前の停止地点からさらに発進し、踏切を渡り、羽田街道上を東京螺旋管工業前付近に至る間の行進は、本件許可条件にいわゆる「ことさらなかけ足行進」にあたるというべきである。

そして、デモ隊が右にいう「ことさらなかけ足行進」をした場合、被告人、吉羽忠、その他の学生が、デモ隊の列外に位置し、前向き、あるいは後ろ向きとなり、先頭隊伍にいる者が横に構えて所持する竹竿を掴んで引張り、笛を吹くなどして、これを指揮したことは、証拠上明らかな事実である。

第二「停滞」について

原審及び当審において取り調べた証拠によれば、本件デモ隊は、日の出通りを東進し、左折して産業道路に入り、これを北進しはじめる間もなく、約三〇列の、三梯団が並進する状況になつて、対向二車線の内側一車線をも占拠する程度にまで対向車線上にはみ出し、第一において説明したとおりのこきざみなかけ足行進ともいうべき前進方法を続けて北進したが、デモ隊の先頭が大鳥居駅横の踏切手前左側にある東京電力サービスステーションの近くに達した時、その先頭に位置していた被告人がデモ隊に正対して両手を高く挙げて振るような動作をしてデモ隊を停止させた後、吉羽忠が一隊員の肩車に乗つて隊員に対し、「機動隊が向うに待つているが、実力をもつて機動隊をはねのけてでも椎名外相訪韓を阻止しよう。」という趣旨の演説をし、右演説が終るや、さらに、吉羽の「ワツショイ」というかけ声とともに相当に速いかけ足行進の態勢に移り、そのまま踏切を渡つて右折し、羽田街道に進入して行つたこと、デモ隊が東京電力サービスステーションの近くで停止した後再度発進するまでの時間、すなわち、停止を続けた時間は約一分間であり、少なくとも、デモ隊に後続して、産業道路を北進する車両がその間停滞することを余儀なくされたこと、当時大鳥居駅横の踏切には遮断機は降りておらず、デモ隊の列がみだれてこれを整理しなければならないというような特別の情況もなく、デモ隊が同所において停止しなければならない特段の理由のなかつたことを認めることができる。

原判決は、この点について「その規制を相当ならしめる根拠からいつても、停滞にはデモ行進に通常付随することのある隊列の停止を含まないのはもちろん、デモ行進途中に発生した四囲の状況の変化に対処し、統制あるデモ行進を継続する必要上、やむなく短時間停止する場合をも違法視する合理的な根拠はないから、このような場合における停止もまた停滞に該当しないものと解しなければならない、要するに、本件許可条件にいう停滞とは、時間的にも幾分長いことさらな停止を意味するものと解すべきである。」としたうえ、本件における停止は、「わずか一分間位でやむを得ない事由がないのにこれをしたという事情も認められないのであるから、これを停滞にあたるということはできない。」とするが、停滞が停止とは異なる観念であり、本件許可条件が停滞を交通秩序をみだす行為として、とくに禁止している理由等に照らして考えれば、本件許可条件にいう「停滞」とは、これを必要とする正当な事由がないのに、それによつて道路の交通秩序をみだすおそれのある情況下においてする、時間的にも幾分長い停止状態の継続というのが相当であるから『原判決がこれを時間的にも幾分長いことさらな停止の意であるとすること自体は、相当であるというべきであるが、本件における約一分間の停止がこれにあたらないとした点は、首肯できないものといわなければならない。なんとなれば、本件における約一分間の停止は、先に認定したとおりの経過、条件下に行なわれたものであつて、これを要するに、被告人及び吉羽忠らの指揮者が、右前方の羽田街道方面に警視庁機動隊が待機しているのを認めたので、当時当該の場所において停止しなければならない交通上の事情は全くなかつたのに、でき得べくんば機動隊の規制を排除して羽田空港方面に進出する意図の下に、隊員に呼びかけてこれを激励鼓舞し、態勢を新たにして前進すべく、ことさらにデモ隊を停止させて、吉羽忠がこれに呼びかけ、その演説が終るまで停止を継続させたと認定すべきものであり、約一分間という時間も、当該産業道路の一般的交通事情並びに検察官が指摘するとおり、都内の交差点における信号機の赤、青の信号表示が数十秒の間隔をもつて交替することを通例としていることに照らし、交通秩序をみだすおそれのないことが明らかな程度に短時間のものとは到底いい難く、むしろそのおそれの十分にある時間ということができるのであるから、原判決が、先に摘示したとおりの理由により、本件における約一分間の停止が許可条件にいう「停滞」にあたらないとしたことは、事実を誤認したものといわなければならない。

而して、右の停滞が被告人及び吉羽忠らの指揮によることは、前述のところによつて明白である。

第三弁護人らは、その答弁において

(一)  都条例が集会、集団行進及び集団示威運動について事前の許可制をとつていることは、憲法二一条の規定に違反する、

(二)  都条例三条一項但書が、許可する際の条件付与の基準について規定することなく、その一号ないし五号において公安委員会が裁量によつて条件付与をすることができるとしていることは、不許可処分をしたと同様な結果を招くものであるから、同じく憲法二一条に違反する、

(三)  都条例五条のうち、三条一項但書の規定による本件に違反して行なわれた集団行動の主催者、指導者または煽動者を処罰する規定は、法律の規定していない事項について、地方公共団体の一執行機関であるに過ぎない公安委員会に対し、犯罪構成要件の具体的内容を補充することを広範囲、無制約に再委任している白地刑罰法規である点において、地方自治法一四条五項に違反し、ひいては憲法二一条、三一条、七三条六号にも違反する、

すなわち、都条例三条一項但書及び五条の各規定は憲法に違反する無効な規定であるから、これを本件に適用して被告人を処罰することは許されないということに帰する主張をしているが、この見解は、当裁判所の採らないところである。

第四果して然らば、原判決は「ことさらなかけ足行進」の点については、法令の解釈、適用を誤つた結果、罪となるべきものを罪にならないとした違法のあるものであり「停滞」の点については、事実を誤認した結果、同じく罪となるべきものを罪にならないとしたものであり、右はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨第一及び第二はいずれもその理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条によつて原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所が自らさらに判決する。

(罪となるべき事実)

東京都学生自治会連合は、外務大臣椎名悦三郎が日韓条約批准書交換のため日本政府代表として羽田国際空港から韓国訪問の途につくことが予定されていた昭和四〇年一二月一七日、東京都大田区萩中三丁目二五番地所在の萩中公園において、学生約六〇〇名を集め「日韓条約批准書交換阻止全都学生緊急行動」と称する集会を午前九時四分ころ開催し、これに参加した学生約六〇〇名は、右集会終了後、午前一〇時ころから一〇時一六分ころまでの間、前記公園から通称日の出通り及び産業道路を経て大田区羽田旭町一一番地荏原製作所羽田工場前に至るまでの間の道路上において集団示威運動、すなわち、デモ行進をしたが、右デモ行進については、東京都公安委員会より、交通秩序維持に関する事項として、行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと等の条件が付せられていた。

被告人は、右集会及びデモ行進に参加し、集会及びデモ行進の全体について副指揮者というべき立場にあつたものであるが、デモ行進に参加した学生約六〇〇名が、デモ行進の途中、午前一〇時ころから一〇時二分ころまでの間公園西側の道路上約二〇〇メートルの距離に亘つて及び同一〇時一〇分ころから一〇時一三分ころまでの間萩中三丁目七の七東京電力羽田サービスステーション前付近から東糀谷三丁目六の一一東京螺旋管工業株式会社前付近に至るまでの間の道路上約一五〇メートルの距離に亘つて、それぞれ前記許可の条件に反してことさらなかけ足行進をした際及び午前一〇時九分ころから一〇時一〇分ころまでの間前記羽田サービスステーション前付近の道路上において同じく前記許可の条件に反して停滞をした際、吉羽忠、古根村一茂ら約一〇名の学生と共謀のうえ、右の者らないしは被告人が終始デモ隊の先頭列外にいて、前向きあるいは後ろ向きとなり、先頭隊伍が横に構えて所持する竹竿を掴んで引張り、笛を吹き、かけ声をかけ、手を挙げて振るなどして、右ことさらなかけ足行進並びに停滞を指揮し、もつて右許可の条件に違反した集団示威運動を指導したものである。

(証拠の目標)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、昭和二五年七月東京都条例四四号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例五条、三条一項但し書に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間その執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人にその負担をさせないことと定め、主文のとおり判決する。(江里口清雄 上野敏 稲田輝明)

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